もう0時やん…
さっきまで確かになかったUNICITYのブログに田淵のブログが載っていました。
このブログの方針をここでも守り、その内容は明かしません。
明かしませんが、初めてこの件で、その不可逆性に触れてしまって、泣きました。
今までは、ここに書く前に言語化できていたし、ブログに書くことで整理もできていたので、「まあ終わりはあるよね」と、「私、醒めてるのかな」と思っていました。
けれど。田淵の、「もの好き」たちへの文を読んだらダメでした。
田淵は斎藤さんに歌ってもらうことを至上の喜びとしていたのだと、改めて思いました。
斎藤さんがこんな乱暴な言葉遣いをしたらどうかな
斎藤さんはカフェテラスで紅茶を飲むのが似合うかな
田淵の頭の中には常に歌う人の姿があったのだと思います。
そして田淵は、バンドの美学が恐らく強すぎた。
こうあるべきを自らに課しすぎた。
だから疲れてしまったんです。きっと。
でも。
私は田淵が変わらず好きです。
DIALOGUE+もよだかも(いやよだかは行ってもいいがライブハウスがきつい)行かないかもだけど。
こんな所をもの好きに教えてくれるのも田淵らしい。
そして田淵、あなたはロックバンドでしたよ。
そして田淵、あなたはロックバンドでしたよ。
・とりあえず自分の感情を書いた貴雄
・バンドとしてどういうことだったか短くまとめて2人とも尊敬していると言った斎藤さん
・ファンクラブでだけ思いをかいた田淵
3人ともらしいな、と思います。
先日のお渡し会で〜奇しくもサイン会やこれが、田淵を一歩こちらに引き止めたようですが〜私が渡した手紙の一部を引用します。
「田淵さんの歌詞を読み返してみると、ことさらに言葉を動かして聴く方の解釈を限定をしていないという、とても自由で、でもきっちりとした設計をしています。
しかも多分田淵さんはそれを意図して「こう設計するとこうだから」とは自覚しないで作っているのではありませんか?
UNISON SQUARE GARDENの曲に温度が感じられつつも完全な自分事にも他人事にもならない、どちらかにぶれすぎない、というのはこの設計のお陰であり、だから聴く方が本当に楽しく感じられるのだろうと思いました。
しかもこれはおそらく聴く方だけではなく歌う方もそうだろうな、とまで考えが及んだ時に、この人は恐ろしい人だと鳥肌が立ちました。
例えば斎藤さんが歌う時に、斎藤さんはおそらく「田淵が作った歌詞だから」という歌い方はしないはずです。
斎藤さんは「歌詞の中の人」を演じなくても斎藤さんとして歌えば、田淵さんの言いたいことが、斎藤さんの思う形で、聴く方に伝わるようになっています。
こういう作詞家はきっと稀有です。
これからも楽しみに、応援しています。」
これからも楽しみに、応援しています。
だから、1年後、待ってますからね。