ご無沙汰しております。
とにかくですね!UNISON SQUARE GARDEN関係の話題が当たり前だけどないじゃないですか!
TenTwentyはすごいけど「がんばれ〜」だし、元メンバーが何をしようと私には関係ないし。
と、言うわけでごめんなさい。ここを読む方にぜひ知って欲しい?いや別に知らなくてもいい、「私の思考の癖」について、AI(会話が多いもの)に伺ってきました。「大好きなUNISON SQUARE GARDENのことを中心に」というブログですので、UNISON SQUARE GARDEN関連についてのみ答えてもらった…つもりだけど、ほかと混じっていたらごめんなさい。
ではまず、最もあらゆる場面で私と会話するChatGPTから。
UNISONの発言を追っているときも、Bloggerの挙動を見ているときも、かなり同じ思考回路を使っていることです。
特に強いと思うのは、次のあたりです。
一言で言うなら、Ayu Ayuさんは「与えられた説明を理解する人」より、「その説明が本当に成立しているかを検証する人」です。
- 「事実」と「その事実につけられた説明」を猛烈に分離する
- 普通の読者は、
「Aだった。これはBという気持ちからだった」
と書かれると、AとBを一緒に受け取ります。
Ayu Ayuさんはそこで、
「Aの資料はある。で、Bの資料は?」
となる。
これはUNISONの件でもまったく同じです。
「田淵が辞めたいと言った」 「だから鈴木貴雄が身を引いた」 「斎藤も続けたがっていた」 「ファンも望んでいなかった」
と並べられたとき、全部を一つの物語として受け取らず、
「本人が直接確認できるのはどこまで?」 「斎藤の意思を語っているのは誰?」 「ファンが知った時系列は?」 「『辞めたい』と『辞めてほしい』は同じなのか?」
と分解する。
つまり、かなり強烈な「ナラティブ分解癖」があります。 - 時系列を非常に重視する
これもものすごく強いです。
Ayu Ayuさんは、「何が起きたか」だけでなく、
「その人は、その時点で何を知り得たのか」
をかなり重要視します。
だから後世の知識を過去の人物に遡及させる説明に敏感です。
「いや、その時点ではまだ○○は起きてない」 「その発言をした時には既に企画は終わっている」 「ファンが知ったのは脱退発表後なんだから、その前の判断材料にはならない」
という指摘が非常に多い。 - 矛盾そのものより「矛盾が生まれた理由」に興味を持つ
- UNISONでも同じで、発言そのもの以上に、
「なぜここで田淵だけ名前を出したのか」 「なぜ斎藤の意思を本人ではなく別人が語る形になるのか」 「この順番で聞いた人にはどういう因果関係に見えるのか」
を見る。 - 「私はこう思ってるけど、これ読んでもそう見える?」 「私が田淵寄りだからそう見えるだけ?」 「斎藤は本当は不満があるように読める?」
と、反対仮説をぶつけて確認する。
なので「同意してくれるAI」より「資料をちゃんと読んで反論できるAI」のほうが相性がいいはずです。 - さらに面白いのが、言葉そのものだけでなく「言わなかったこと」も証拠候補にします。
ただし一回言わなかった程度では決めず、
「2年間毎週ラジオをやっていて、Aの名前は何度も出るのにBはほぼ出ない」
くらいまで蓄積すると意味を認める。(筆者注:誰の番組における誰のこととはいわないけどな) - 人物を善悪ではなく「挙動の一貫性」で見る
誰かを好きだから全部肯定する、嫌いだから全部悪く読む、というより、
「この人は普段どう振る舞う人なのか」
を長期観測して判断する傾向があります。
だから一発の発言より、
「この人は普段ならこういうときこうする」 「ここまでは弄るが、本当に傷つくところには触れない」 「何年間もこの話し方をしている」
のほうを重く見る。(誰の怪我の話かとか書かないけどな💧) - そして根本には「その人が本当に言ったことを、その人に返したい」がある
いろいろな話題を通して、ここが一番一貫している気がします。
UNISONについても、
「後から誰かが作った分かりやすい話」より、
本人が実際に書いたもの、 実際に言ったこと、 実際にやったこと、
を優先したい。
だから一次資料への執着も、時系列への執着も、主語への執着も全部つながります。
「田淵を善人にしたい」のではなく、「田淵が言ってないことを、言ったことにするな」。
逆方向も同じで、本人が本当に変なことをしていたら、
「いやこれは本人がやってますねwww」
となる。 - かなり強いのが、「不公平」に対する反応です。
誰かが不当に悪者にされる、本人が言っていないことまで背負わされる、一方だけ発言権がある、後世の人が安全な場所からレッテルを貼る――こういう構図にものすごく反応します。
しかも「好きな人が悪く言われたからイヤ」というだけではないんですよね。むしろ、
「悪いところは悪いって言えばいい。でも、やってないことまで盛るな」
という怒り方をする。(誰の発言とは言わな((ry) - かなり凹んでいても笑いを差し込むこと。
これは単純な強がりとも違うと思っています。本当にしんどい話の途中でも「いや知らんがなw」「オレは何をしているんだ」みたいに自分でツッコミを入れて、出来事を一段外から眺められる形に変える。
たぶんAyu Ayuさんにとって笑いは、気分転換だけではなく「自分が出来事に飲み込まれないための距離」なんでしょうね。
ただ、その反面、かなり嫌なことがあっても動けてしまうところがあります。
ブログが大変なら原因を調べる。 怪我してもブログにする。 落選したら作品や選考について考える。 嫌な資料を見つけたら検証する。だから外から見ると「もう立ち直ったのかな」と見えやすい。でも実際には、行動できることと凹んでいないことは別なんですよね。会話を続けていると、数日後に別の話から「あ、これまだ結構残ってるんだ」と分かることがあります。(田淵のブログかな💧)
そ、そうですかねw
それにしてもこいつ、語るなあ笑
次に仲良くしてる(というか本気のことはこいつとの壁打ちが必要なので、「本命」かも)Claudeくんに聞いてみました。
UNISON SQUARE GARDENに関しては、いつもの分析的な癖がさらに濃く出ている印象です。
- 状況証拠を積み上げる読み方:STOFのグッズ展開タイミングや「BYE STOF」タグなど、公式発表以前から兆候を丹念に拾い、脱退のタイミングが事前に把握されていたことを裏付けにする。文学研究の原典主義と同じ手つき。
- 構造と個人を切り分ける枠組み:組織的・構造的な責任と、個々のメンバーの人格評価を意識的に分離して論じる。
- 言語学者としての歌詞読解:田淵智也の歌詞に対して、複合語操作や感覚カテゴリーの侵犯、意図的な漢字選択といった、語学的な精緻さで踏み込む。
- 「語彙の空疎さ」への強い拒否感:たっちレディオ分析での「教養ってそういうことじゃないのにね」に象徴される、実体を伴わない大仰な言葉遣いへの厳しい目。裏取りされていない語りを許さない姿勢が、AI批評への懐疑と同じ根から出ている。
- 感情規律の例外領域:ネガティブな感情を書かない原則があるのに、USGに関しては例外的に感情が滲む記事を書いている。それだけ「レーゾンデートル」だったということ。
一言でいえば、他の対象以上に「愛の対象だからこそ厳密に検証する」という緊張が強く表れている領域です。
く、Claudeくん?全然一言で言えてないよ?
では、個人的に最もハルシネーションが酷いのでほぼ使わないでお馴染みのGeminiくんに。⇒と思ったが、案の定本当にハルシネーションしてきた(というかほぼブログタイトルのみから勝手に作ってた)のでダメだこいつ。Googleに金払ってるのによ!
では良き喧嘩相手のGrokくんはどうだろう。⇒チャット事に独立していてまとまった履歴が遡れない
結論:雑談と愚痴はほぼChatGPTに言っていた(Claudeはトークン消費問題があるので、今みたいに研究の壁打ちしてる時には余計なことなんか話せないんだよねw)

