【USG活動休止】田淵のブログから存在意義とは何か考える【田淵の文はありません】

 さすがに昨日あんまりよく眠れませんでした。
つらつら眠れないなりにもう一度ブログを読んだり、流れるTLをらしくもなく眺めたりしたら、書こうと思ったことが出てきたので書きます。

【田淵のレーゾンデートルについて】
田淵はロックバンドであることに誇りを持ち、ロックバンドである自分がレーゾンデートルだったんだと思います。

彼のロックバンドはUNISON SQUARE GARDENです。
斎藤さんと貴雄のいるバンドです。
あのふたりが演奏し、斎藤さんが歌うために、田淵は音楽活動をスタートさせ、ロックバンドとなりました。

一方貴雄のレーゾンデートルはUNISON SQUARE GARDENというロックバンドではないのかもしれません。
いや、貴雄がUNISON SQUARE GARDENにいたくなかった、と思わないでください。
それに、昔からそうだった訳ではないだろうし、貴雄が冷たいのでもありません。

人はライフステージでそれぞれ動きを変えていきます。
ずっとニッポン放送アナウンサーだった吉田尚記さんが東大の大学院に入り、ニッポン放送を辞めるというニュースが最近ではあったように、人はライフステージで動きを変える生き物です。

田淵にとって、とても大事で、レーゾンデートルであった場所は、貴雄にとってはいつしかそうではなくなったということ。貴雄の居場所は他にあるようになったこと。

これは好きとか嫌いとか仲がいいとか悪いとか、そんな単純なものじゃないんだと思います。
だって自分の人生がかかっている。
人生の向かう方向が合わなかったということは、どちらも悪くないし、どちらもわがままではない。


一方、田淵はUNISON SQUARE GARDENが、斎藤さんに歌ってもらうことが、斎藤さんに最適化した曲を作ることが、レーゾンデートルだったのではないでしょうか。
そこが揺らいでいなかったから、他の人への提供も、アニソン派!も、THE KEBABSも、今後も続けるDIALOGUE+プロデュースも全力でできた。

でも、彼の土台であるUNISON SQUARE GARDENというものがなくなるとしたら?
…田淵には、他に自分を見いだせるものがなかったのかもしれません。

私のような一介のBBAですら、これだけは私にしかできない、と思っていることがあります。
それがないと私は存在する意味ないかもなーというものが。

ましてや田淵はプロです。
しかもあれだけエンタメの世界でやってきて、汚れてもいいはずなのに、割と純粋なまま育ってしまったプロです。

UNISON SQUARE GARDENでいる以外に、「今は」レーゾンデートルを見いだせないのかもしれません。

けれど、人は変わります。
一旦「UNISON SQUARE GARDEN」という「シーソーをおりて」(「未完成デイジー」より)ベンチに座ってみたら、やりたいことが必ず出てくるはずです。
人はそんなに簡単に死なないのだから。
田淵はサイン会で、ファンの生の声を聞いちゃったんだから。

田淵自身は「オレが楽しい」からやっていたことで、実は救われたりした人がいた事を知っちゃったんだから。

だからゆっくり落ち着いて、田淵が「考えたけど、こうすることにしたよー」と言ってくるのを、ゆっくり待とうと思います。